午後

日記

不謹慎アプリゲームプレイ随筆

某悪魔執事ゲームプレイ記録。黒い猫も出てくる、人気癒しゲーム。

ファンの方はブラウザバック推奨。

 

このゲームは類を見ない良質なタップゲー。

AIさんの要約

某悪魔執事ゲームは、黒い猫も登場する人気癒しゲームで、ファンはブラウザバックを推奨される。このゲームは、類を見ない良質なタップゲームで、初めはメンタル療養を期待していたが、会話パターンが決まっており、1週間続けると担当執事の言いたいことが予測できる。執事達は大人の慇懃と子供の無邪気さを足したようなキャラクターで、タップゲームは簡単で無限ループが可能。アプリ起動時の執事との会話経験値は入らない。このゲームは金のかからない暇つぶしに最適で、広告も条件次第で流れない。プレイすることで眠気覚ましや脳のボケ防止にもなり、知的な要素も含まれている。振り返って初心に戻り、自身の行動に疑問を持つこともあり、執事達の天然な言動に笑いを見出す一方、複雑な心境も抱く。全体としては、楽しめるが不謹慎な要素も含まれる。

 

 

 

出会い

始めの内はメンタル療養を期待していました。宝石みたいなグラフィック。優しい言葉。女児心くすぐる設定。放置ゲー。なんだろう、なんだか物足りない。会話が決められたパターン、感覚で50種類ほどでしょうか。そのため1週間ほど続けていると1行目で担当執事の言いたいことが分かってします。ヤマアラシのジレンマ回避、情緒的引きこもり。冷たく優しい表層的な関係性まるでエスパーです。失われると自分たちの仕事に支障をきたすから衝突を避ける為に優しい言葉で距離を取る。以下は意訳です。私が曲解しています。

「今日のご機嫌はいかがですか?(良い)(良くない)」

「今日、夢を見ました。遠い地で主様と暮らすのです。」

「ここから逃げて遠い地で暮らしませんか?」

「主様。素敵です。こんなに美しい主様と居られて、私は幸せです」

「ネガティブなこと言ってごめんなさい。でも、言いたいこと言えてスッキリしました。主様は周りを明るくしてくれます。さすがです。」

「手紙が届きました。○○家からです。ネガティブな内容が書いてありました。仕方の無いことですけど。」

「今日も仕事に行けてほんとうに偉い」

 

私の歪んだ精神

なんだろう、大人の慇懃と子供の無邪気さを足したような執事達だ。挙げたこれらは1日1回は提案されました。30分しかプレイしていないにも関わらず出た偉大なるパターンです。不慣れだ、必死に人間様主様のご機嫌取りをしている様子がかわいらしい。担当執事という名称相まって始めたてのホストのようだ。全く響かない言葉の羅列。私のメンタルが持ちませんでした。私は仕事をしていません。顔について触れられると真顔になります。謝るくらいなら始めから謹慎しろよ始めての主じゃない、経験積んだ執事でしょって何様感覚で突っ込みたくなります。設定次第で無職設定にも変更可能なのかもしれません。ですがそれ以外にもマシュマロ言葉に包まれた私だけに適した毒をまいにちぽんぽん召し上がれと食わせられる。私は主様という名前だけの威を借りた存在なのです、感謝、メンタル、ブレイク「えらい」「すごい」「主様、好き素敵です」羅列羅列羅列立て板に水。そこで、別の方法で癒される方法を見つけました。

 

タップゲーム

このゲームは良質なタップゲームであった。

やり方は簡単、執事の会話回数が0になるまで会話→担当執事変更。会話回数0になると10分間会話不可能になる為6人ほど変更して時間を稼ぐ。無限ループできる。

作業するかたわら、お供に置いておくとちょうどいい。選択肢の位置が変わるトリックにさえ気をつけておけば楽しく無限に無料で遊べる。この遊び方において、「無料版はここまで、課金すればもっとプレイしやすくなるよ」という要素は皆無。イベランのかたわら、ロード時間に生じる虚無を会話することで引き取ってもらう。会話会話会話。ロード、会話、リザルト、会話。大丈夫ですか?執事様方がたの文書を拝見することができないのですが、猛スピードでお話しているはずです。「好き好き大好き」これは癒しです。イベランをしている最中、ロード時間。行きどころのない手の貧乏ゆすりをこのアプリに捧げる。効率的。選択肢で違う位置をタップしなければならないのはスパイスだ。眠気覚ましにちょうどいい刺激だ。適度な集中を保てる。選択肢を間違えれば散歩や瞑想ストレッチに時間を奪われる緊張感。お知らせ画面などに飛んでしまうためずっと選択肢が生じる部分だけタップすることもできない。メインアプリでのイベランの補助。眠気覚まし。脳のボケ防止。

 

アプリ起動、執事nowの次に流れてくる担当執事との会話経験値は入りません。勘違いしていました。1年もプレイしているのに寂しかったんです。1年が経つのに「主様は屋敷に来たばかり」「あまり顔をあわせたことがないから緊張するな…(毎日同じこと言ってる)」

 

楽しい

金のかからない暇つぶし最適ゲーム。広告も流れない現代の神ゲー

経験値制限がありません。時間制限もありません。広告もこの遊び方だけだったら必要ありません。最高です。いくらでもニッコニコで周回ができます。全員のレベルを上げることは控えた方がいいです。よそよそしい会話パターンはレベル5当たりを超えると出現しなくなります。(自調べ)レベル1桁だった頃のよそよそしい感じが恋しくなったら残しておいたレベル1の執事をみて微笑めばいいのです。会話のほとんどが言葉尻を変えているだけです。なんたってこのゲームは癒しをくれるゲームですから。

 

結果・学び

 

昨日、3時間ほど休みなくお供にしてました。疲れる。画面を見ず無心でタップし続け執事を交代させるだけなので頭を使いません。2時間ほどやってみたら何となく自分の直感的に好きな執事が見つかります。

「過去の好きになったキャラと似てる」

「人気って聞いたからこの人を気にいろう」

といった打算が出来ません。ルーティン。イレギュラーなど存在しない安心感。だんだん脳がとろけて無になります。これはまさに瞑想ではないでしょうか。何も考えず、嫌なことがあっても無視する。マインドフルネス。頭の回転が早くなるとか、睡眠の質が上がるだとか、昨今の現代でとても胡散臭い匂いをネットに撒き散らし蔓延ってるもの。個人だけの半端に偏った知識で意識高いものに手を出すより自分のレベルに合わせて「瞑想」のレベルを調整することが瞑想の成功になるのではないでしょうか。私は瞑想できた試しがありません。呼吸に集中しても脳が晴れたことはありませんでした。世界は相変わらず腐って見えました。ビジネス本と一緒です。文書を読んで、楽しくなった気になる麻薬。達成感。意識高いことをしている自分が馬鹿らしくなって自発的に啓発をすることをやめました。お寺の方に教えをこいたくなりました。そもそも始めから平均よりいい声をしている2次元キャラに瞑想のご指導されたら呼吸どころでは無いじゃないですか。目的に対するノイズです。「声綺麗だな」という雑念が埋めつくして呼吸なんてものより声聞くことに集中したくなるじゃないですか。倒錯です。私はここでの瞑想は無理でした。執事は優しいです。捏造妄想で恐縮ですが、仮に瞑想なんかしなくて雑念が胸を頭を埋めつくしても「こういう日もあります」とでも優しく介抱してくれることでしょう。瞑想は成功しない。8人ほどローテーションをしていました。不思議です。2人が私の気になる執事リストから除外されました。言語化は難しいです。ただ、やっているうちになんとなく「この人はタイプでは無いな」というモヤが増えて、確信に至ります。そう感じたままに気になる執事とだけお喋りし続けます。だんだん減っていきます。さあ、私は誰が気になるのかな。人間は思考を使って以前得た成功体験を元に行動する。10人の多種多様な生き物がいます。あなたは医者を求めています。あなたは白衣を着たメガネをかけている神経質そうな人を選ぼうとしました。飼い犬のポチはタコを選びました。あなたは「それは無い」と一蹴しようとしました。紆余曲折を経タコの墨を貰いました。タコの墨はあなたの偏見を晴らしてくれました。あなたの病気は治りました。人間は言語に頼りすぎてイメージする力、ありのままを認識する能力が衰退した。ときどき思考を放り投げるのがいい。バカは野性的だ。時に意趣卓越したものを出して世間を驚かせる。思考に囚われるな。頼るな。万能ではない。

 

可能性・知的

毎日片手が寂しくなったら手すさびにぽちぽちするのです。良いゲームです。ときどきちゃんと読みます。同じ会話パターンばかり出現するので、海外の方には日本語学習に適しているような。オードソックスな現代に通じる日常会話と敬語が学べます。パターンなので、何回かやっていると共通点を見出すことでしょう。執事によって口調が違うため、自分に合った表現を見つけられる事でしょう。難しい言葉はありません。日常会話に必要なレベルです。教科書のように無駄な単語を覚えさせようとも挑戦してきません。世間一般として備えていた方が良さそうな豆知識も披露してくれます。「睡眠時間は7時間が最適」「朝、水分補給をすると脱水症状予防になる」「不安は紙に書き出してみよう」など、無駄ではなさそうな知識です。何回も同じことを言ってきます。反復学習です。日本の理解に役立つのではないでしょうか。私は不勉強の身なので、いくつかこのゲームで言葉遣いを学びました。「不甲斐ない」とか。言葉数も少なく、片手間に出来ます。

 

振り返る・初心

私は今までは意味もなく「人気そうだから」という軽薄な理由で1人の執事だけのレベルを上げていました。1年ほど。アピールしやすいですからね。「単推し」と。他の執事に手を出すとつい私の「推し……?pushしなくて良くない…?そんなに思い入れ、無いし、2次元に触りたくないし、好きじゃ、だめなのかな?」という本心が暴れだしてしまいます。周りの人と会話を合わせられるだけの情報すら得づらくなります。そのため敬虔に映るようにゲームアプリを周りの人みたいに楽しんでいましたが、息苦しくなりました。人間誰しもエゴによる謹慎が必要ですが特に私は不謹慎なのです。息をする度に周りからの顰蹙を買いました。いっぱい顰蹙を買えるお金を持っているということです。そういうことにしましょう。元々絵が幻想的で気に入っていた。

知人に薦められてこのアプリを始めた。楽しかったのは最初の勝手を理解する1時間だけで充分、以下はツッコミどころ満載で没頭どころじゃなかった。失笑。メインストーリーは2時間くらい読んで進める手を辞めた。思慮に欠ける。ごめんなさいって言った後反省しないで言葉を変えて同じ過ちを繰り返す愚か者。「主様」としての権限が無いと自分自身の役目が果たせないから打算して主様に媚び売ろうという姿勢を隠そうともしない潔さ。屋敷に帰って貰わないと執事達は仕事もできないから。褒めたたえて、優しくして、肥させないと困っちゃうから。1歩引いて接し続けるのが得策。

 

不謹慎にもコントとしてはとても面白かった。

屋敷に帰ってきたら主様の部屋で呑気にワルツの練習「ワン、ツー♬.おや主様。ワルツの復習をしていました。私達は歌や踊りも披露することがありますからね」ごめん出来心で裸ベスト着用で遊んでた。

 

つい最近上半身裸で出歩いて執事A「ごめんなさい、見苦しい姿を……」次の日執事A「執事Bくん、上半身裸で出歩くのは良くないですよ。あっ主様…!失礼いたしました!」次の日執事A「主様…失礼いたしました!見苦しい姿を……」

 

武器ぶんっぶんっ「主様…!今武器の練習をしていました。こんな格好で済みません。今から着替えてきます」汗だくのまま執務服に着替えるのかい?見た目だけ取り繕われても困惑するんだが。シャワー浴びてきて……

 

「何かあったらいつでも私に相談してください。私は主様の味方ですから。(自由に文字を記入するコマンドは存在しない(自分調べ))」

 

イベントが始まる度七五三の衣装を披露する子供のように執事達が異口同音「見て見て主様!!服だよ!!似合うかな?じゃあ、着替えてくるね!!」七五三を見守る親かよ。

 

執事「この服どう?似合うかな?どんな服が似合うと思う?主様が選んで欲しいな。主様の好きな私でいたい」学生か?服にそんなこだわりがないからなんでもいいとおもうんだけど。昨日も一昨日も聞いてきたね。女子。

 

無邪気だなあ。立場上嫌な目にあってこうはならなさそうだと思うけど、純粋に育っているみたいだ。発声練習をしていたり、あくびしてたり、コントが不謹慎に面白いから、構わないけど。

驚愕。何時間でもタップできる類を見ない神ゲーでした。真の癒しだ。恥ずかしいにも1年前から始めていたのに関わらず。私は1人の執事だけを担当執事にしていました。指名制のように。バカバカしい。ローテーションすれば永遠にタップし続けられるじゃん。アハ体験。

 

3時間タップゲームプレイでロードレベルが20から21に上がった。6名ほどが執事レベル3になった。アプリ内でのイベントアイテム収集がカンストした。イベランに囚われなくなった。疲れた。なんで1人の執事だけに固執していたのだろう。世界は広いじゃないか。会話パターンに辟易していないから別のキャラが魅力的に映るぞ。隣の芝生は青い。

 

なぜ否定的か

なぜこの執事をここまで皮肉げな目で見ているかって?何年か前に読んだ小説の影響を受けたんだ。潜伏期間を経てついに発病したのだ。

 

やや天然の入った言動が魅力的な美少女が実は全て計算で裏で周りのことを嘲笑ってた衝撃どんでん返しミステリー小説。

before「ねこさん、とってもかわいいですね(意訳)」

 

After「ねこさん?www自分で言ってて笑っちゃいそうになっちゃったwwwあざとすぎたかなってつい不安になったよ。隠すの大変だったなー…可愛かったでしょう?天然の私。まさかこんっなに簡単に信じるなんて、笑っちゃいましたwwwあーあ、ばかみたい(意訳)」

私は感動した。だってその美少女ほんとにかわいいなーって思ってたらこの見事な肘鉄砲。よく執事達も「○○(動物)さん」「(天然行動)あっ……ごめんなさい!!!!こんな姿を…すみません……」「○○様……好きです。あっ、執事が垣根を越えて名前を呼ぶだなんて失礼しました。私、主様の名前が好きです」これら、かわいいなーとは思うけど、1回私は騙されたからな…この執事達の天然アホ言動達は、あの美少女を彷彿とさせる…こうして推量したほうが整合性がある。なんで経験を積んだ何代もの主様を迎えた悪魔執事が初心者みたいなヘマをし続けるんだ。この見方は穿ちすぎだ。承知している。傲慢不遜な楽しみ方だ。はい。楽しいです。この下手に伺ってくる子供のような執事達の会話をすっとばすのは楽しいです。経験値溜まるの、見ていて実績のようで楽しくって辞められません…小説は時間がかかる。読んだ直後はなんとも思わなくても、何年か後に「これは………!」と無意識で出来事が結びつくことがある。アハ体験。村上春樹著作の1Q84で川奈天吾が言っていた。「読書に即効性は無い。いつか言葉が自分を救ってくれるかもしれない、という淡い希望が僕を救う」みたいなことを。

 

フルコンボしたい音ゲーの曲がある。トリルの練習をしている感覚だった。机トントンより成果現れて嬉しい。

不謹慎だけど、ダイナミックコードという同名乙女ゲームをアニメ作品したものが気に入っている。ニコニコ動画で大人気だ。「作画崩壊」その作品に抱いた感情と同質であった。唐突さに共通点が見られる。このアプリのモーションは人形のようにぎこちない。服を脱がせば筋肉の付き方は皆同じ。そういう癒しだった。ナチュラル。天然物。童話的。

タップゲーム、3時間で私がくたばったことに失望した。3時間休みなく手を動かし続けることが今の私の限界だった。5時間ゲームのお供に安定したリズムでタップすることが可能になったら、攻略の可能性も広がるであろう。今現在、目押しでトリルを叩いている。それは経験の無さが自信のなさに繋がったということである。経験させて可能性を広げる。

 

おわり

あまり推奨される楽しみ方では無い。たが、今夢中になれることがこの不謹慎で不毛な楽しみ方をするを余儀なくされた。表面上ではこのアプリを正当に楽しんでいるユーザーだ。ここに文字として書いたらやめてしまうだろうか。ありありと私の知っていることが可視化され退屈を覚えるだろうか。面白かったから、頭の内で覚えておくには多い記憶だったから、書いておいた。良いタップゲーム。イベストも読んでいない。これで事足りるではないか。ツッコミどころ満載な部分はニコニコ動画のように共有するから不謹慎から目を背けられるんだ。これ以上ツッコミたくない。ファンにとっては憤慨ものだろう。

 

ふざけるんじゃねえ

これは幻想だよ。現実同様の充足を期待するのはお門違いだ。多々執事達には不器用な点が見受けられる。ヤマアラシのジレンマを回避したいがためにこのようなことをしているのではないことは分かっている。ただ、あまりにも日常会話が味のしない無味乾燥な喧嘩のできない都会的な冷たさそして優しさに包まれきっている。メインストーリーは知らない。冒頭しか読んでいない。ああ、虚無だ。当然だ、一方繋がりの関係。1体1では無い。ゲームだ。血の通った温もりは現実世界と向き合わないと得られない。引きこもりだってゲームがあるから1人でも淋しくないんだ。意外と、病んでないんだ。元気なんだ。ゲームが遊んでくれるから。意外と、交流関係も盛んなんだ。インターネットだって、都合が悪くなればボタン1つで終えられる。リアルに帰らなければならない時は一方的に別れを切り出して帰ってこられる。責任感の無いこと。相手は文句1つ言わない。遊び上手で、翻弄して、楽しませてくれる。この1対0.5の関係は1体1より、遥かに安心出来る。リアルでは別れを切り出されることが怖くて仕方がない。いつだって友人関係には終わりがつきものだ。親睦を深めようとすれば、傷つくのは必然。ずっと楽じゃないか。インターネットで存分に理想化した相手と会話を楽しむ。それ以上は求めては行けない。相手だってそうだ。私は1対1を求めてしまっていた。インターネットというものは、そのような重い関係を持ち込んでは、いけないのだ。「遊び」だ。所詮幻想だ。幻滅がセットでついてくる。想像できるものは必ずリアルでも作り出せる。それが滅亡という形で出力される。適切に想像することは難しい。「遊び」の為の幻想に、生々しい現実要素を持ち込んではならない。神聖なのだ。今の私にできることは、このゲームをタップゲームとして遊び、音楽ゲームフルコンボを目指すことだ。心に沁みる。現実を恐れるな。目を背けるな。充分背けてきただろう。求めていることははっきりわかっているだろう。さあ、現実で、傷つけ。ヤマアラシのジレンマで痛みを覚えて、生きようじゃないか。痛み無しで何ができると言うんだ。泣けばいいじゃないか。母は出産で激痛を伴い赤ちゃんは泣くじゃないか。自然の摂理じゃないか。なにを恐れる  

 

自分に向けてここまで書いたけどさ…ここまでは頭で分かったんだよ……ほんとに分かってるならいちいち書かないよ……行動してるよ……感性や鬱屈や絶望を長々と言語化したらこうなった。無駄に雄弁で困っちゃうよね

 

疲れる。自分の内面をできるだけ具体的に吐き出すこと。こんなもの見たくないんだ。その言葉は適切か?その主観は言語化に耐えうるシロモノなのか?嫌なもの見て何になる?「死にたい」とても便利な言葉だ。こんなこと書かずに一言で言い表せる。便利だ。濫用必須だ。いつしか言語化を辞め「死にたい」が胸を埋め尽くす。「死にたい」は「死にたい」じゃない。サボっているだけだ。死を愛そうじゃないか。身内が天に召された際、悲しかった。それと同じくらい、日常で話す「死にたい」には、痛みは伴うか?「死にたい」の可視化は、あれなんだよ。寂寞。痛いじゃないか。傷つくじゃないか。なんて軽いこと。私の死にたい。あんな無力感、毎日浴びてるわけじゃない。本物の死じゃない、やり直しは効く。そんなヤツに死はやってこない。死を愛していないからだ。なにを思って死にたい?書けよ。死にたくないだろう?毎日あんなの味わってたら、壊れちゃうだろう?お前は誰だ。なにをどうやったらお前は現実と向き合ってくれるんだ。答え分かるよね。「行動すれば」いいんだ。怖くて足がすくんで今の居心地良さに身を委ねるよね。いつか終わるよ。嫌でも、苦しくても、「死にたい」でも、時間が解決するよ。ああ、目前に。こんなの嫌だ。もうすぐタイムリミットだ。挙句として向き合わざる終えなくなった時、苦しみを減らせるように、「死にたい」言語化しておいた。未来が苦しくないことを祈っているよ。